なりらいふ

東京・福岡・北九州のWeb屋ナリシゲのブログ

父の日に思い出す「晴れた日にゴム長で過ごす父」の話

今日は父の日ということで、12年前に亡くなった父の話でも。

 

僕が小学校5年生のときに、住んでいた家が火事になりました。

当時住んでいたのは、10軒ほど連なっている木造の長屋でした。

 

35年ほど経った今でもよく覚えています。

 

お風呂に入ってた僕の耳に、外から聞こえる「火事だ!」の声が。

母親に出火元を聞いてみると、6軒ほど隣にある長屋の一番端の家の2階とのこと。

すぐ近くで出火したにも関わらず、何故か「さすがにここまでは燃え移らないだろう」と考えた僕は、母親に言われるままに教科書と筆記用具を入れたランドセルを持ってのんびりと家を出ました。

 

消防車はすぐにやって来ました。

しかし火の勢いはおさまらず、一気に僕の家まで燃え移りました。

 

買ってもらったばかりの勉強机も、大切にしていたおもちゃも、子どもの頃の写真も、あっという間に全部燃え、灰になってしまいました。

残った僕のものといえば、自分で持ち出した教科書と筆記用具が入ったランドセル、そして母親が持ち出してくれたわずかな数の洋服だけです。

 

その晩は、近所に住む叔父の家に泊まったそうなのですが、その記憶は全くありません。

 

火事の翌々日、学校に行った僕の机の上には、新しい教科書一式が置かれていました。

 

そして、朝の会で担任が言いました。

 

「ナリシゲ君は家が火事になって物が無くなっちゃったから、みんなの家にある使ってない勉強道具を持ってきてください。」

 

翌日からクラスメートが勉強道具を持ってきてくれました。

古いキャラクターが描かれた鉛筆、埃をかぶった消しゴム、どこかでもらってきたような下敷きなど、明らかに使う予定のなかったものばかりです。

中には気を利かせて、少し色あせた洋服を持ってきてくれた同級生もいました。

 

 「明らかに使う予定のなかったもの」をもらうことが、小学校5年生の僕にとってはとても辛く悲しかった。でも何も無くなった僕たちには、とても有り難かった。

 

その頃、僕たち家族は叔父の家を出て、近所の公民館に寝泊まりしていました。同じ部屋には、一緒に焼け出された数家族がいました。

 

どの家族も、新しい家が決まったら公民館を出ていきます。

一家族減り、二家族減り…、最後に残ったのは僕たち家族でした。

 

僕たちの家族だけ、新しい家が決まらなかったんです。

 

長屋に住むくらいですから決して裕福ではなかったのですが、新しく家を借りるくらいのお金はあるはずです。

僕は何故新しい家がなかなか決まらなかったのか、不思議でなりませんでした。

 

何故僕たちの家族だけ新しい家が決まらなかったのか、その理由を知ったのは僕が中学生になってからのことでした。

 

母親から聞いたのは、こんな話です。

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火事になったとき、父親はすぐに消火の手伝いに行ったとのこと。

水に濡れても大丈夫なように、上がウインドブレーカー、下がジャージ、足元には黒いゴム長という服装で出て行った父親は、消火の手伝いに追われて自分の服を一切持ち出せなかったそうです。

母親も、僕の荷物を持ち出すだけで精いっぱいで、父親のものは一切持ち出せなかったそう。

 

火事の後しばらくの間、父親はウインドブレーカーにジャージ、そして黒いゴム長で過ごしていたそうです。

もちろん晴れた日も。

当然、新しい家を探しに不動産屋に行くのもその服装です。

晴れた日に黒いゴム長を履いている中年男性なんて、下手すりゃ少し頭のおかしい人です。

少なくとも、お金を持っているようには見えません。

近所で顔見知りとはいえ、そんな人にどこの不動産屋が家を貸すでしょうか。

 

何軒かの不動産屋に断られ続け、何とか知人のツテで新しい家を借りることができたのは、

火事から1週間経った後のことだったそうです。

 

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僕はこの話を母親から聞いたとき、大泣きしました。

 

当時まだ30代後半で、遊び好きだった父親にとって、晴れた日に黒いゴム長で過ごすことは、とても辛かったことでしょう。

自分の服や靴を買いに行くことより、家族のために家を探すことを優先してくれていたのは、公民館で寝泊まりしている僕が、こんなことを言ったからだそうです。

 

「今日、どこに帰るん?」

 

きっと、寒々しい公民館での暮らしに耐えられずに、「今日もまた公民館に帰るの?」という意味で言ったのでしょう。

僕のこの何気ない一言で、父親に辛い思いをさせてしまいました。

 

 

父との思い出はたくさんあるはずなのですが、毎年父の日に思い出すのはこの話です。

 

お父さん、ごめんなさい。そしてありがとう。